とうとう20年・・・

1995年1月17日 午前5時46分52秒。
あれからもう20年。。。


今回は過去に当ブログにて掲載したことのある、神戸の街に残された震災の爪あとから。。。



東遊園地にあるマリーナ像
その時計は震災の記憶をいまだとどめたまま。
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≪撮影機材:Nikon D80 + AF-S DX VR Zoom-Nikkor 18-200mm f/3.5-5.6G IF-ED≫

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≪撮影機材:iPhone 4≫



神戸港震災メモリアルパーク
地震のエネルギーがいかにすごかったかが分かります。
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≪撮影機材:Nikon D40 + AF-S DX Zoom-Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G ED II≫

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≪撮影機材:Nikon F60D + Ai AF Nikkor 50mm F1.4D≫

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≪撮影機材:Nikon F60D + Ai AF Nikkor 50mm F1.4D≫

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≪撮影機材:Nikon D40 + AF-S DX Zoom-Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G ED II≫

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≪撮影機材:Nikon D40 + AF-S DX Zoom-Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G ED II≫

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≪撮影機材:Nikon D700 + Ai Nikkor 50mm f/1.2S≫




相楽園内にある旧ハッサム住宅
落下した煙突が震災の記録として前庭の一角に展示されています。
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≪撮影機材:OLYMPUS E-410 + ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6≫



生田神社の境内に建てられている震災復興記念碑
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≪撮影機材:Nikon D700 + Ai AF Nikkor 85mm f/1.4D IF≫




一見、綺麗に復興されたかに見える神戸の街ですが、そこかしこに爪あとは残されています。
いや、「残されている」という表現は正しくないですね。
「消してはならない記憶」として「残している」といったほうが正しいでしょうか。

私自身も、普段の生活ではつい、震災があったことを忘れてしまっているので、年に一度、この日だけでも思い出そうとこれまで当ブログで記事を書いてきましたが、20年という区切りでもあり、今回を最後にしようかなと考えています。
(不定期で書くことはあるかもしれませんが)








この記事へのコメント

2015年01月20日 22:24
 今の神戸を見て、あの時の神戸を想像できる人はそんなにいないでしょうね。
 今の神戸を見ると、あんなこと、まるでなかったかのように思えます。
 でも、あの震災は現実だったんですね。
 こういった「残された爪痕」を見ると、身が引き締まる気がします。
2015年01月23日 15:40
RKROOMさんこんにちは。

私がいま住んでいる辺りも震災のときは甚大な被害があったのですが、普段生活をしていてそれを感じさせられることはないです。
そういうことがあったということを想像することが不可能なくらい、街は平静な姿を取り戻しています。
だからこそともすればつい忘れがちになってしまう「実際に起こった現実」を風化させないためにもこういった「爪痕」を残しているのでしょうね。
sonic800
2015年01月26日 15:44
【Yamataka さん】
こんにちは~(^-^)v

もう、20年にもなるんですね。
「災いは忘れた頃にやってくる」じゃないですが、阪神淡路震災の10年後の2005年には、福岡でも震度六弱の震災に遭い、当時、に勤務地だったため、物凄い勤務をしたことが、思い出されます。

神戸の震災の1年後に、失礼ながら今の妻と(前妻なんて、いませんよ~。当時、独身だったということです)旅行先に行きました。
随所に傷跡がみられ、手を合わせたことが、遠い過去のような気がします。

Yamatakaさんが、言われているとおり、決して忘れてはいけないこと事だと、思います。
そして、経験のない市民(県民)にこの出来事を引き継いでいかなければなりません。
2015年01月30日 15:18
sonicさんこんにちは。

震災の年に生まれた子供たちももう今年成人になるんですよね。
私は就職してまだ2年目の右も左も分からないヒヨッコでした。
あれから20年、いつの間にかベテランの域に差しかかろうとしております。仕事ぶりはまだまだヒヨッコですが(苦笑)

震災の翌年でしたらまだまだあちこちに爪痕が残されていましたでしょうね。
けっこう長いこと仮設住宅もありましたし。

その頃と比べると今は震災を思い出させるようなものが街からほとんど消えてしまいました。
私たちだって普段の生活で震災を思い起こすことはほとんどなくなったといっていいでしょう。
だからこそ、この時期だけは、かつてこの街で何が起こったのか、改めて認識する必要があるのではないかと思います。

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