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<<   作成日時 : 2011/01/17 05:46   >>

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阪神大震災の記憶

平成7年1月17日 午前5時46分

阪神淡路大震災により、このマリーナ像は倒れ、その際時計が壊れました。
震災の記憶を永遠にとどめるために、この時計は、その時を示しています。






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あれからもう16年・・・
街は地震の面影をほとんど感じさせないくらいにまで復興しました。
今の中学生や高校生たちは地震の記憶すらない人が大半でしょう。
あの悲劇を風化させないためにも、こうしたモニュメントの存在意義は大きいのではないかと感じます。





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≪撮影機材:すべてiPhone 4≫




2011.1.8 神戸 三宮




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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
今年もまた「その時刻」にアップなさったのですね。
こうして毎年毎年、yamatakaさんが書かれていらっしゃる事で自分なんかも気づかされています。
昇り龍
2011/01/17 15:23
あの日から16年が経ったのですね…。
神戸の街は見事に復興しましたが、
あの震災を風化させないように追悼行事は毎年行われていますし、
震災を知らない子供たちにも伝えていく必要がありますね。
私も何年経っても「1月17日」は忘れません。
いまだに、ついこないだのことのように思い出します。
shakasha19
URL
2011/01/17 20:29
こんにちは〜

もう16年も経過したんですねぇ。
10年一昔のごとく、町の様子は一変しましたが
人々の心の中には鮮明に記憶されてるみたいですね。

あの年に生まれた子たち、もうすぐ成人なんですか。
その間、大きな地震はないですが
咄嗟に行動できるよう、心構えはしておきたいですね。
とっぷん
URL
2011/01/18 10:26
16年・・長いようですが傷は消え去りませんね。
家も被害が出ましたので忘れられない日です。
palms
URL
2011/01/18 22:30
yamatakaさん、こんばんわ〜。

昨日は、16回目の1.17でしたね。
あの出来事は、今朝起こったことのように鮮明と記憶しています。
あの日の恐怖や不安や悲しみは、16年経った今でも、
当時と変わらず心に刻み込まれています。

神戸の街並みは、すっかり綺麗になり、
震災の傷跡を探すほうが難しくなってきました。
いつ。どこでも。ある日起こるかも知れない地震。
震災を知らない子供たちに伝えていく事も、
あの日を経験し、今を生きている私たちの役割だと感じています。
hiyopin
URL
2011/01/18 23:10
 こちらに住んでいた方々にとっては特別な日なのでしょうね。


 亡くなった方は戻ってこない。
 私たちは生きていくしかない。

 分かっていても、どこかやるせないものを感じたりするのかなと、私は想像することしかできません。
RKROOM
URL
2011/01/19 00:46
昇り龍さん、こんにちは。
私たちが関東大震災のことをよく知らないのと同じように、これからの若者たちにとっての阪神大震災もそのようになっていくのでしょうね。
私に限らず関西のブロガーさんは、毎年この日にはこの震災のことを書かれる方が多いです。
それだけあの地震を体感された方にとっては強烈な、恐ろしい思い出なんですね。
yamataka
2011/01/21 17:22
shakashaさんこんにちは。
16年、あっという間でしたね。
なんだかほんの数年前のことのような気がしています。
「1月17日」は、直接の被災者でなくても、あの地震を体験した人々にとっては一生忘れられない、強烈な出来事ですよね。
一人ひとりに出来ることは小さなことかもしれませんが、こうしてブログで伝えていくことも大切なことだなあと思っています。
yamataka
2011/01/21 17:22
とっぷんさんこんにちは。
街は復興し、地震の記憶を探すほうが難しいぐらいですが、どんなに街が綺麗になろうとも、人々の記憶に刻まれたあの出来事は、拭い去ることは出来ませんよね。

当時生まれた子供たちも、あと4年もすれば20歳の大人です。早いものですね。
昨今の異常気象などを見ていますと、今後大きな地震が起こらないとも限りません。
いざというときの備えは必須でしょうね。
yamataka
2011/01/21 17:23
palmsさんこんにちは。
自分としてはまだまだ最近の出来事という気がするのですが、16年と聞くとけっこう昔のことのように思えてしまいますね。
そうでしたか、palmsさんのところも被害が出たのですね。それでは忘れることが出来るはずないですよね。。。

16年と聞くとずいぶん前の出来事のように感じますが、感覚としてはほんの数年前のことのような気がします。
yamataka
2011/01/21 17:23
hiyopinさんこんにちは。
あれから16年も経ったとは思えないですよね。
おっしゃるように、普段生活している限りは、地震の爪あとを探すほうが難しいくらい、街は見事に復興しました。
物理的には、これからますます、震災の痕跡は消えていくことでしょう。
だからこそ、体験した人たちの心に刻み付けられている記憶を後世に伝えていく必要があるんですよね。

いつまた、こういうことが起こりうるか、誰にも分からないのですから。。。
yamataka
2011/01/21 17:24
RKROOMさんこんにちは。
私も震災当時は大阪の実家に住んでいたので、直接私の家が被災したのではありませんでした。
しかし、学生時代は神戸に住んでいたので、神戸には友人もたくさんいたし、思い出の地もたくさんありました。
被災した友人もいます。彼の家は全壊しました。
子供の頃、実家の近くに住んでいた年下の幼なじみは、神戸の大学に進学し、そして震災の犠牲になりました。
私は直接の被災者ではありませんが、この日は特別な日なんです。

ただ、もしこの震災が別の場所で起こっていたら、おそらくRKさんと同じ気持ちになっていたと思います。
yamataka
2011/01/21 17:25
平成7年 1月 阪神大震災 村山首相 平成23年 3月 東日本大震災 菅首相 政治研究会(名前検討中
地球は どうなっていくんだろう 歴史研究会(名前検討中 震災
時代背景と事件 歴史が物語る事実と結果
村石太レディ
2011/10/01 11:41

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